いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせ

いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせ

いろは歌  伊吕波歌  色は匂へど 散りぬるを  我が世谁ぞ 常ならむ  有为の奥山 今日越えて  浅き梦见し 酔いもせず  《伊吕波歌》是将日语五十音图按照一定顺序排列起来而构成的一首具有佛教意义的谒语。看楼主的意思,其实并不是求这首歌的现代日语,而是要和这些假名相对应的日语汉字。这首歌诀写成日语汉字如上。从行文来说,这仍旧是古语,并非现代日语。  以下对语法和读音难点稍作解释,希望能有所帮助。  散りぬる———古日语动词 大致相当于现代日语的“散る”,“凋谢”之意。  常ならむ———“む”,古日语推测助词,该句相当于现代日语的“常ならないだろう”,“不能保持长久”之意。  有为———在古日语中,念做“うゐ”,“ゐ”是“い”的古语写法。  今日———在现代日语中读作长拗音“きょう”,但是在古日语中该音的表记方式是“けふ”。  浅き————即现代日语的“あさい”,词尾“き”是古日语形容词的连体形。  ゑ————是古日语的书写方式,即现代假名“を”,在这首歌诀里,为了配合意义,读作“よ”。而紧随其后的“ひ”配合歌词的意思,读作“い”,因此“ゑひ”即“よい”,写成汉字就成了“酔い”。  该首歌诀的真正现代日语翻译如下:  色と匂いは、いつか散ってしまうものである  この世の中に谁でも 常ならないだろう  有为の奥山を 今日越えて  浅い梦を见た后は 酔いもしない